アゾヌムの秘宝
このシナリオは『遠野洲戦記』を使ったキャンペーンのサンプルです。ご自由にご利用ください。
v0.1 — 2026-04-08
キャンペーン概要
トーノスの水底には、旧き王国の秘宝が眠っている。
誰もがそれを金銀だと思っている。
寺院はそれを封じようとし、残党はそれで国を取り戻そうとし、大国はそれで利権を得ようとする。
だが、秘宝の正体を知る者はまだ誰もいない。
「アゾヌムの秘宝」は、遠野洲戦記の世界で遊ぶ全5夜のキャンペーンシナリオである。
プレイヤーはトーノスに流れ着いた湖沼人として、日銭稼ぎの藻刈りから始まり、やがてこの水のクニの未来を左右する選択を迫られる。
プレイ時間は1夜あたり3〜4時間。特定のTRPGシステムに依存しない。遠野洲戦記ワールドガイドと、手元にあるシステムのルールブックがあれば遊べる。
プレイヤーへの案内文
トーノスという名の盆地がある。
10年ほど前、山頂の氷河湖が崩壊し、この盆地は一夜にして水底に沈んだ。王は遠征に出たまま帰らず、留守を預かった家臣たちがクーデターを起こした。しかし彼らにはこの混沌を治める力がなかった。
いま、水は少しずつ引いている。沼と丘があらわれ、肥沃な土地に人々がふたたび集まり始めた。王も法もない時代——暗黒時代と呼ばれるこの27年間に、あなたたちはトーノスに流れ着いた。
あなたたちは湖沼人——土地を持たず、舟を持ち、どこにも属さない者たちだ。藻を刈り、泥を潜り、橋を守り、煙を読む。そうやって日銭を稼いでいる。
手配師のアッセンが、今日も仕事を持ってきた。
テーマ
「過去の遺産は誰のものか」
大洪水で沈んだアゾヌム王国の遺産が、少しずつ泥の中から現れている。沈んだ財宝、失われた知識、途絶えた系譜。それを誰が手にし、どう使うかが、この水のクニの未来を決める。
寺院は遺産を封じて秩序をつくろうとする。残党は遺産で旧い国を取り戻そうとする。大国は遺産から利権を搾り取ろうとする。湖沼人は——湖沼人は、自分の正義を選ぶ。
キャンペーンの時代はアゾヌム紀420年ごろ。大洪水から約8年。水はまだ引ききっていない。復興は始まっているが、秩序はまだ戻っていない。傀儡政権は名ばかりで、力ある者が力で土地を守っている。トーゼナス寺院は独自に武装し、サルベージ品と魔術の知識を囲い込みつつある。山人は交易路を断たれ、追い詰められている。暗黒時代の真っ只中であり、終わりはまだ見えない。
全5夜の構成
第1夜「黒い仔鹿」
サルベージの仕事中、封印のない黒い仔鹿——アオザスの神獣の仔を発見する。トーゼナス寺院の使者リュウゲンが引き取りを申し出る。渡すか、手元に残すか。最初の選択が、すべての始まりになる。
第2夜「神隠し」
仔鹿が消える。同じ時期に、ツチブクの子供が神隠しに遭う。二つの失踪は繋がっているのか。寺院の影と、淵の底の怪異が交差する夜。
第3夜「落とし穴の外交」
秘宝の手がかりを求めて山に入る。山人と平地人の衝突に巻き込まれ、力ではなく知恵と言葉で解決を探る。山人との和解が、秘宝への道を開く。
第4夜「水底の城」
秘宝は水に沈んだアゾヌムの旧城にある。同盟者を集め、寺院の目をかいくぐり、水底への潜入を決行する。そして秘宝の正体を知る——それは金銀ではなかった。
第5夜「三つの正義」
秘宝を手にした今、それをどうするか。寺院に渡すか、残党に渡すか、すべての民に開くか。どの選択にも理がある。どの選択にも代償がある。正解はない——あるのは、自分の正義だけだ。
トーンガイド
このキャンペーンを運営するGMは、以下の5つを意識するとよい。
1. 水を描写に入れる
どんな場面でも水の存在を忘れない。足元が湿っている。朝霧が立っている。壁の染みは大洪水の水位の痕。乾いた場所でさえ「かつてここは水の底だった」という記憶がある。
2. 神獣は倒さない
黒い仔鹿はこのキャンペーンの中心にいるが、戦闘の対象ではない。神獣は畏れる存在であり、出会ったこと自体が事件。仔鹿がPCになつく場面は、戦闘の勝利よりも重い。
3. 職能で人物を語る
NPCを紹介するとき「レベル5の戦士」ではなく「泥潜りの男。左手の指が一本足りない」と言う。職能がその人物の歴史と世界観をそのまま語る。
4. まじないは日常にある
魔法を「特別なこと」にしない。かまどに火をつけるとき老婆が口ずさむ言葉、猟師が山に入るとき口にする一言——それがまじない。
5. 「どちらの側にもつける」状況を作る
寺院は悪ではない。残党も善ではない。どの勢力にも言い分がある。PCが「正解」を選ぶのではなく「自分の正義」を選ぶ構造を、すべてのセッションで維持する。
トーノスの三つの魔法
このキャンペーンでは、トーノスの三つの魔法が物語の核になる。
まじない
口伝の民間魔法。くわばら、水送り、息止めのまじない、刈り始め——日常に溶けた21の具体的なまじないがある。PCが最も身近に使える魔法であり、「魔法を使います」と宣言するものではなく、生活の中で自然に口にするもの。
魔術
トーゼナス寺院が管理する体系化された学問。鎮魂・祓い・護符・読みの術・禁術の五つの学科に分かれている。寺院から漏れた知識を断片的に持つ「崩れ魔術師」が暗黒時代のトーノスに少数存在する。
精霊魔法
精霊の声を聞く素質を持つ者だけが使える魔法。精霊は命令できず、取引する。水・山・火・土の四種の精霊がおり、精霊が宿る場所でなければ語りかけられない。代償として時間・記憶・体力・約束を求められる。
寺院がこの三つの魔法のうち「魔術」を独占し、「まじない」を劣った民間の知恵と見下し、「精霊魔法」の縛りの術(精霊を強制的に従わせる禁術)を忌避しつつも研究している——この構造が、キャンペーンの対立の底流にある。
PCは全員湖沼人を推奨する。湖沼人はトーノスで最も冒険者に近い存在であり、土地を持たず、どこにも属さないからこそ、あらゆる場面に自然に居合わせることができる。キャラクター作成の詳しい手順はセッションゼロのガイドに記載している。すぐに遊びたい場合は、プレロールドPC(藻刈りの三郎、骨読みのタエ、橋守のイサナ、煙番のチカゲ)をそのまま使ってよい。
必要なもの
- 遠野洲戦記ワールドガイド
- 手元のTRPGシステムのルールブック(どのシステムでもよい)
- 本キャンペーンの各セッションシナリオ
- GM1人、プレイヤー3〜5人
- 1夜あたり3〜4時間の時間
プレロールドPC
すぐに遊びたい場合に使える4人の湖沼人。そのまま使ってもいいし、下敷きにして自分のキャラクターを作ってもいい。
各PCの「得意なこと」「苦手なこと」は、使用するTRPGシステムの技能や能力値に読み替えること。具体的な数値はGMとプレイヤーがセッションゼロで決める。
藻刈りの三郎(サブ)
マツザクの農家の三男。冷夏の飢饉で口減らしにあい、家を出た。倉堀にたどり着き、藻刈りの日雇いをしている。怖いもの知らずではなく、怖くても動く。腹が減っている。
- 本業: 藻刈り
- 副業: なし(キャンペーン中に見つける)
- 得意なこと: 体力仕事、水に入ること、黙って耐えること
- 苦手なこと: 文字、交渉、人に頼ること
- 知っているまじない: 刈り始め(「借りるぞ、借りるぞ、水の神から借りるぞ」)、息止めのまじない(「止まれ、止まれ、息よ止まれ」)、舟守り(「行きも帰りもこの舟で」)
- 持ち物: 藻刈り鎌、泥手、ダガ
- NPC関係: アッセンに拾われた。アッセンの仕事を断ったことがない
- 秘密: 故郷の家族に仕送りをしたいが、まだ一度もできていない
パーティーでの役割: 体を張る場面の中心。泥潜りの補助。三郎が水に入れば、大抵のものは引き揚げられる。
このキャラクターが向いているプレイヤー: 巻き込まれ型の主人公をやりたい人。複雑な設定より、その場の判断で動きたい人。
骨読みのタエ
老いた女。大洪水以前のアゾヌムを知っている数少ない人間のひとり。水底から揚がったものの来歴を読み、鑑定する。口が悪く、嘘を嫌う。
- 本業: 骨読み
- 副業: 蛭使い
- 得意なこと: 鑑定、歴史の知識、まじないの心得
- 苦手なこと: 走ること、愛想、新しいものを受け入れること
- 知っているまじない: 錆の数え歌(「ひとつ削れば恨みがひとつ……」)、蛭祈り(「悪い血だけ飲め、良い血は残せ」)、赤入れ(赤い布で病を吸い取る)、息吹き(「アビラウンケンソワカ」で止血)
- 持ち物: 骨割り、蛭壺、錆起こし、ダガ
- NPC関係: ケイの古い知り合い。ケイの才能を認めているが、若さゆえの甘さを心配している
- 秘密: 大洪水の夜、逃げるときに誰かを見捨てた。その罪の意識がいまも消えない
パーティーでの役割: 知識と鑑定の専門家。引き揚げた品が何であるか、どの時代のものか、誰が作ったかを読む。神獣や怪異に関する知識もある。
このキャラクターが向いているプレイヤー: 知識で場を動かしたい人。ロールプレイで辛辣なおばあさんを演じたい人。
橋守のイサナ
猿ヶ石川の橋を守る若い女。誰を通し、誰を止めるか。橋の上で起きることはすべてイサナの管轄だが、橋を降りれば誰でもない。
- 本業: 橋守
- 副業: 霧読み
- 得意なこと: 交渉、観察、人の嘘を見抜くこと
- 苦手なこと: 水に入ること(泳げない)、自分のことを話すこと
- 知っているまじない: 橋渡りの呪文(「渡らせてくれ、渡り終えたら礼を言う」)、辻まじない(四方の道を守る)、厄払い(塩を撒いて追い出す)
- 持ち物: 手鉾、鈴縄、ダガ
- NPC関係: 橋の上でリュウゲンと何度かやり取りしたことがある。リュウゲンが寺院の人間であることを知っている
- 秘密: 橋守になる前の記憶がない。自分が何者かわからないまま、橋の上に立っている
パーティーでの役割: 交渉と情報収集の中心。NPCとの対話場面でパーティーの顔になる。霧読みの技能で天候や気配の変化を察知する。
このキャラクターが向いているプレイヤー: 人と話すのが好きな人。観察と駆け引きで物語を動かしたい人。
煙番のチカゲ
山の上から盆地を見下ろし、煙の色で天候と人の動きを読む。山人の血を引くが、山を降りて湖沼人として生きている。寡黙で、目がいい。
- 本業: 煙番
- 副業: 茸見
- 得意なこと: 遠くを見ること、天候の予測、山歩き
- 苦手なこと: 人混み、大声を出すこと、嘘をつくこと
- 知っているまじない: 峠のまじない(石を積んで境界を越える)、毒消しの茸噛み(「戻れ、戻れ、食うたものは戻れ」)、くわばら(雷除け)
- 持ち物: 丸木弓、骨鏃(数本)、虫笛、ダガ
- NPC関係: 山人の長の一族と血縁がある。しかし山を降りたことで、山人からは裏切り者と見られている
- 秘密: 山を降りた本当の理由を誰にも話していない
パーティーでの役割: 偵察と警戒の専門家。遠方の動きをいち早く察知する。山の場面(第3夜)では地の利を持つ。茸見の技能で毒の判別もできる。
このキャラクターが向いているプレイヤー: 寡黙なキャラクターを演じたい人。戦闘より状況把握で貢献したい人。
| 場面 | 誰が活躍するか |
|---|---|
| 水辺のサルベージ | 三郎(体力)+タエ(鑑定) |
| NPCとの交渉 | イサナ(交渉)+タエ(知識) |
| 山での探索 | チカゲ(山歩き)+三郎(体力) |
| 怪異との遭遇 | タエ(まじないの心得)+チカゲ(観察) |
| 情報収集 | イサナ(聞き込み)+チカゲ(遠方の監視) |
NPC名簿
アッセン
役割: 手配師(湖沼人に仕事を紹介する仲介人)
登場: 全セッション
倉堀で湖沼人に仕事を手配している。藻刈りの日銭稼ぎから、失せ物探し、怪異の征伐まで幅広く扱う。トーノスに流れ着いた冒険者は、大抵まずアッセンの世話になる。
見た目: 28歳くらい。性別不詳。痩せて日に焼けた体。短く刈り上げた髪に革紐の飾り、袖をちぎった上着。身なりに頓着がないのか、あえてそうしているのかわからない。つねに仕事の書きつけを束ねた木板を抱えている。早口で、人の話を聞きながら別のことを考えている。
望み: 湖沼人の自治。仕事が回り続けること。PCたちが一人前になること。
恐れ: 寺院に目をつけられること。キャンペーンが進むと、寺院からサルベージ品の報告を求める圧力がかかる。アッセンは板挟みになる。
話し方: 忙しそうに、短く、要件だけ。しかし冒険者の安全には本気で気を配る。「死ぬな。死なれると次の仕事の頭数が減る」
GMへの注意: アッセンはPCにとって最初の味方であり、最も身近なNPC。寺院の圧力で苦しむ姿を見せることで、キャンペーンの対立構造をPCが自分ごととして感じるようになる。
倉堀のケイ
役割: まじない師(十三郷で最も優れたまじないの使い手)
登場: 第1夜(名前のみ)、第2夜〜第5夜
十三郷でもっとも名の知れたまじない師。困りごとを抱えた人々がケイのもとに相談を持ち込む。大洪水で失われたまじないの知識を取り戻すことを志しており、寺院が魔術の知識を独占する姿勢に静かな怒りを持っている。
見た目: その異貌を讃えられるほどの美しい容姿を持ち、十三郷に名が知れている。落ち着いた物腰だが、目に力がある。手指に墨の痕がつねにある——まじないの文様を描き続けているため。容姿ゆえに下心を持って訪ねてくる者もいるが、ケイの目を見て口説く度胸のある者はいない。
望み: 大洪水以前の知識の回復。失われたまじないの復元。知識がすべての民に開かれること。
恐れ: まじないが届かない事態。自分の力の限界に直面すること。
話し方: 穏やかだが、核心を突く。遠回しに言うことが多く、相手に自分で気づかせようとする。「見てごらん」が口癖。
GMへの注意: ケイは「正しい人」だが聖人ではない。知識の自由を信じるあまり、危険な知識まで開放することのリスクを過小評価している面がある。第5夜でPCがケイの提案に疑問を持つ余地を残すこと。
リュウゲン
役割: トーゼナス寺院の使者
登場: 第1夜〜第5夜
トーゼナス寺院からトーノスの盆地に派遣された僧。寺院の方針に基づき、サルベージ品のうち魔術に関わるものを寺院の管理下に置こうとしている。
見た目: 三十代前半の男。僧衣だが、腰に短刀を差している。寺院の僧は暗黒時代に武装している。姿勢がよく、声が通る。
学科: 護符(ごふ)。文字や図形に力を封じ込める技術の専門家。リュウゲンが寺院の封印を管理する役目を担っているのは、この学科が背景にある。鎮魂や祓いの基礎も学んでいるが、専門ではない。
望み: トーノスに秩序を取り戻すこと。寺院こそがそれを担えると信じている。魔術の知識が素人の手に渡れば混乱が深まるという確信がある。
恐れ: 自分が間違っていること。寺院の方針が本当にトーノスのためになるのか、心の奥では揺らいでいる。
話し方: 丁寧で理路整然としている。感情を表に出さないが、追い詰められると声のトーンが下がる。脅すのではなく、「残念ですが」と静かに圧をかける。
GMへの注意: リュウゲンはこのキャンペーンの主要な対立者だが、悪人ではない。彼の主張には一理ある——素人が強力な魔術の遺物を扱えば本当に危険かもしれない。PCがリュウゲンの言い分に「一理あるな」と思う瞬間があれば、このキャンペーンは成功している。
テルイ
役割: 若い修行僧(トーゼナス寺院)
登場: 第2夜〜第4夜
リュウゲンの下で働く若い修行僧。寺院の教えに忠実だが、ケイのまじないにも関心を持っており、二つの世界の間で揺れている。
見た目: 二十歳前後。息を切らしていることが多い(走り回っているため)。僧衣が汚れている——几帳面さが足りない。
学科: 読みの術を学んでいるが、まだ初学者。骨読みの民間技法にも関心があり、ケイのまじないにひそかに惹かれている。寺院の「体系」と民間の「経験」の間で揺れている。
望み: 正しいことをしたい。しかし何が正しいのかわからない。
恐れ: リュウゲンに失望されること。自分の判断が誰かを傷つけること。
話し方: 早口で、言い訳が多い。しかし嘘は下手。
GMへの注意: テルイは第2夜の「仔鹿の消失」に関わる。リュウゲンの命令で仔鹿を回収しようとするが、内心では罪悪感がある。PCがテルイを敵として扱うか、味方に引き込むかで、後の展開が変わる。テルイを味方につけると、寺院の内部情報が得られる。
山人の長
役割: 山人の代表者
登場: 第3夜
山に住む山人の長。寺院の山林伐採と交易路の断絶により、一族が追い詰められている。やむなく平地人の村から食糧を得ようとしているが、本来は争いを望まない。
見た目: 背が高く、がっしりした体格。革の衣に山の草木の匂い。白髪交じりの髪を後ろで束ねている。言葉が少ないが、声は盆地の底まで届きそうなほど低い。
望み: 交易路の回復。山人が山で暮らし続けられること。
恐れ: 一族が山を降りなければならなくなること。山を離れれば、山人は山人でなくなる。
話し方: ゆっくり、短く。比喩を使う。「木は根を切られたら倒れる。俺たちの根は交易路だ」
GMへの注意: 第3夜のクライマックスで、落とし穴に落ちた山人の長と対話する場面がある。最初は怒っているが、PCが誠意をもって向き合えば、心を開く。和解の場面はこのキャンペーンの最も感情的な瞬間のひとつ。山人の長は秘宝の場所(水底の旧城)を知っている——交易路を山から降りるとき、大洪水の前にその入口を見たことがある。
隼人
役割: アゾヌム家の残党(ヒロナガの弟)
登場: 第3夜(伏線)、第4夜〜第5夜
大洪水で帰れなくなった領主ヒロナガの弟。正体を隠してトーノスに潜伏し、宗家の復興を画策している。
見た目: 三十代後半。平地人に紛れて暮らしているが、所作に育ちの良さが出る。左手首に、水に濡れても消えないアゾヌム家の紋の入墨がある。
望み: 宗家の復興。兄の帰還。トーノスを「あるべき姿」に戻すこと。
恐れ: 正体が露見すること。兄がもう帰ってこないと認めること。
話し方: 穏やかで物腰が柔らかいが、王家の遺産の話になると声に力がこもる。
GMへの注意: 隼人は第3夜で山人の長の口から「アゾヌムの城」の話が出たときに初めて姿を見せる(あるいはすでにPCの近くにいた人物が正体を明かす)。隼人の提案は「秘宝を使ってアゾヌムを再興する」。この主張にもまた、一理がある——暗黒時代を終わらせるには正統な権威が必要かもしれない。しかし、旧い秩序に戻ることが本当に良いのかは疑問の余地がある。
大同犬松
役割: 長命族のひょうはくきり(語り部)
登場: セッションゼロ、第1夜(導入)、第5夜(エピローグ)
笛吹峠の麓の東屋にいる語り部。数百年を生きた長命族であり、トーノスの歴史を誰よりも知っている。
見た目: 年齢不詳。若く見えるときと老いて見えるときがある。東屋の柱に背をもたれ、通りがかる者に声をかける。
望み: 語る相手。物語を受け取り、次に伝える者。
恐れ: 忘れること。長命族は記憶が時間とともに薄れる。
話し方: のんびりと、物語を語るように。「むかし……いや、むかしでもないか。ついこの間のことだ。おまえたちにとっては生まれる前だがな」
GMへの注意: 犬松はPCがトーノスに来たときに最初に出会うNPCにできる。峠を越えてきたPCに「どこから来た」と声をかけ、トーノスの簡単な案内をしてくれる。また、第5夜のエピローグでは「PCたちの物語」を語る役として登場できる。
| NPC | 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| アッセン | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ |
| ケイ | (名前のみ) | ○ | ○ | ○ | ○ | |
| リュウゲン | ○ | ○ | ○ | ○ | ||
| テルイ | ○ | ○ | ||||
| 山人の長 | ○ | ○ | ||||
| 隼人 | (伏線) | ○ | ○ | |||
| 犬松 | ○ | ○ | ○ | |||
| 密使 | ○ |
勢力関係図
トーゼナス寺院
ツキモスにある魔術の拠点。アゾヌム時代には王家の庇護下にあったが、大洪水とクーデターで後ろ盾を失った。暗黒時代の現在、独自に武装し、閉鎖的な組織として魔術の知識と寺院の身を守っている。
主張: サルベージで引き揚げられた魔術書や呪具は、正しく管理できる寺院が保管すべきである。素人の手に渡れば災いを招く。
代表人物: リュウゲン(寺院の使者)、テルイ(若い修行僧)
倉堀の湖沼人
モノヌプリと猿ヶ石川に挟まれた淵の集落。湖沼人たちの拠点であり、交易と情報交換の場。
主張: 水底に沈んだものは、最初に手を触れた者のものだ。それが湖沼人の不文律である。寺院であろうと誰であろうと、他人の引き揚げた品を取り上げる権利はない。
代表人物: 倉堀のケイ(まじない師)、アッセン(手配師)
アゾヌム残党
大洪水で国を失ったアゾヌム王家の関係者。領主ヒロナガは遠征先から帰れず、ゼンダスに亡命している。弟の隼人がトーノスに潜伏し、宗家の復興を画策している。
主張: トーノスは本来アゾヌムの国であり、クーデターで奪われた政権は不当。水底に沈んだ王家の遺産は正統な後継者に返されるべきだ。
代表人物: 隼人(ヒロナガの弟)
傀儡政権
ヒロナガの留守中に城を預かっていたスルガ、タンバ、サマノスケの三人が、大洪水のどさくさに紛れて奪った政権。しかし民心を得られず、裁定能力を持たない。名目上の統治をしているが、実力が伴わない。
ナンバスの影
トーノスの北にある大国ナンバス。クーデターの黒幕であり、傀儡政権を通じてトーノスの金山を支配しようとしている。密使を通じてトーゼナス寺院を後押しし、寺院を統治の代理人にしようとしている。
代表人物: トシナオ(ナンバスの代理人)、密使(第4夜で登場)
山人
氷河湖の崩壊以前から山に住んでいた人々。猟師、木こり、炭焼き、薬草採り、金属の採掘と精製の技術者。盆地の政治にはかかわらないが、交易路の断絶と寺院の山林伐採により、追い詰められている。
代表人物: 山人の長(第3夜で登場)
PCとの関係
| 勢力 | 関係の起点 | 展開 |
|---|---|---|
| 寺院 | 第1夜で仔鹿をめぐり接触 | 仔鹿を渡さなければ対立が深まる |
| 倉堀 | 最初からここにいる | ケイとアッセンが支援者になる |
| 残党 | 第3夜以降で接触 | 隼人が正体を明かし、協力を申し出る |
| 傀儡政権 | 直接の関わりは薄い | 裁定を求めても役に立たないことを知る |
| ナンバス | 第4夜で密使が登場 | 寺院の背後にある大国の影が見える |
| 山人 | 第3夜で出会う | 和解すれば秘宝への手がかりを得る |
GMへの注意: 各勢力には「正義」がある。寺院は秩序を望んでいるだけかもしれない。残党は故郷を取り戻したいだけかもしれない。ナンバスですら、広域の安定を考えているのかもしれない。プレイ中、どの勢力も「完全な悪」として描かないこと。PCが「自分の正義」を選ぶためには、他のすべての選択肢にも理がなければならない。
脅威時計
脅威時計とは: PCが介入しなかった場合に、状況がどう悪化するかをあらかじめ段階的に定めておく手法。TRPGデザインでは「フロント」(Front)や「時計」(Clock)と呼ばれる。GMはセッションごと、あるいはPC以外の勢力が動いたときに、状況を一段階進める。PCの行動によって進行を遅らせたり、止めたり、逆に加速させたりできる。
時計1: 寺院の統制(メイン時計)
キャンペーン全体を通じて進行する。トーゼナス寺院がトーノスの知識と権力を独占していく過程。
| 段階 | 状況 | いつ進むか |
|---|---|---|
| 1 | 寺院がサルベージ品の「奉納」を呼びかけ始める。任意だが、断ると寺院の心証が悪くなる | キャンペーン開始時点で既にここ |
| 2 | 寺院が泥潜りに「登録制」を導入しようとする。引き揚げた品の目録を寺院に提出せよという布告 | 第1夜でPCが仔鹿を渡さなかった場合、第2夜開始時に進む |
| 3 | 寺院が手配師アッセンに圧力をかける。サルベージの仕事を寺院経由でしか受けられなくなる恐れ | 第2夜でPCが寺院と対立を深めた場合、第3夜開始時に進む |
| 4 | 寺院の武装僧が「無届けのサルベージ品」を実力で押収し始める | 第3夜終了時、PCが山人との同盟に失敗した場合に進む |
| 5 | 寺院がナンバスの後ろ盾を得て、水底の旧城一帯を「聖域」として封鎖する | 第4夜でPCが潜入に手間取った場合に進む |
| 6 | 寺院がトーノスの事実上の統治者となる。ナンバスの代理人として暗黒時代を「終わらせる」——ただし湖沼人の自由は失われる | PCが最後まで介入しなかった場合の最悪の結末 |
PCが止めるには: 仔鹿を守り、山人と同盟し、秘宝を先に手に入れる。秘宝の内容が明らかになれば、寺院の「すべての遺産は寺院が管理すべき」という主張の根拠が崩れる。
時計2: ツチブクの神隠し(第2夜ローカル時計)
第2夜を中心に進行する、局所的な脅威。ツチブクの淵にヌルグシャス=ヴォーティル(蛙の神獣)の力が強まっている。
| 段階 | 状況 | いつ進むか |
|---|---|---|
| 1 | 子供が一人消える。淵の方へ歩いていくのを見た者がいる | 第2夜開始時 |
| 2 | 淵の近くで大人も道を見失うようになる。方角の感覚がおかしくなる | 第2夜の探索が長引いた場合 |
| 3 | 淵の水が不自然に澄む。底が見える——見えてはいけないものまで | PCが淵の調査を後回しにした場合 |
| 4 | 二人目が消える。今度は大人 | 第2夜終了までにPCが介入しなかった場合 |
| 5 | 淵そのものが広がり始め、村の端に迫る | 第3夜以降まで放置した場合 |
PCが止めるには: 淵に近づき、神隠しの原因を突き止める。神獣を「倒す」のではなく、正しい作法で鎮める。
時計3: 山人の孤立(第3夜ローカル時計)
第3夜を中心に進行する。交易路を断たれた山人が追い詰められていく過程。
| 段階 | 状況 | いつ進むか |
|---|---|---|
| 1 | 山人が里に降りてこなくなる。市場から山の薬草や毛皮が消える | 第3夜開始時点で既にここ |
| 2 | 山人が平地人の村の外れに置き食いを始める。夜中に蔵から食糧が消えるが、代わりに薬草が置かれている | 第3夜の序盤 |
| 3 | 平地人が武装して見張りを立てる。次に山から降りてきた者は殺すと宣言 | 第3夜でPCが介入する前 |
| 4 | 夜中に衝突が起きる。怪我人が出る | PCが交渉に失敗した場合 |
| 5 | 山人が完全に山にこもり、二度と降りてこなくなる。秘宝への手がかりも失われる | 第3夜でPCが和解を成立させなかった場合 |
PCが止めるには: 山人と平地人の間に立ち、双方の言い分を聞く。力ではなく創意工夫で解決する——落とし穴、演説、交易の再開提案など。
時計の運用ガイド
- いつ進めるか: セッション開始時に前回のPCの行動を踏まえて判断する。PC以外の勢力が動いたとき。PCが別の方面に注力しているとき
- いつ止まるか: PCが直接介入し、原因に対処したとき。状況を悪化させていた条件が変わったとき
- いつ逆回しになるか: PCが根本原因を解決したとき。勢力の方針が変わったとき
- 複数の時計が同時に動くとき: 第2夜では神隠しの時計と寺院の時計が同時に動く。PCはどちらを優先するか選ばなければならない
GMは時計を道具として使い、PCを罰するために使わないこと。時計は「世界は待ってくれない」という感覚を与えるものであり、「間に合わなかったお前が悪い」と突きつけるものではない。
セッションゼロ
第1夜の前に行う準備の回。キャラクター作成、安全ツールの確認、世界の導入を行う。所要時間は1〜2時間。
1. 安全ツールの確認
トーノスには重い主題が含まれる——大量死、子供の失踪、飢餓、社会からの排除。セッションの前に、扱いたくない話題がないか全員で確認する。
安全ツールとは: TRPGのセッション中にプレイヤーが不快な状況を安全に回避するための仕組み。ゲームの外側にある合意であり、ルールの一部ではない。
X-Card
テーブルの中央にカード(紙でもコースターでもいい)を一枚置く。セッション中、誰でもいつでもこのカードに触れることができる。触れたら、今の場面は飛ばして次に進む。理由を説明する必要はない。GMは場面を巻き戻すか、別の展開に切り替える。
「線」と「幕」
全員で二つのリストを作る。
- 線: 絶対に出さない話題。ゲームに登場しない
- 幕: 起きてもいいが描写しない話題。「そういうことが起きた」とだけ言って先に進む
特に以下の話題は事前に確認しておくことを勧める:
- 子供の神隠し(第2夜で扱う)
- 溺水・水没の描写(第4夜で水底に潜る)
- 飢餓(第3夜で山人の困窮を描く)
2. 世界の紹介
GMは以下の内容をプレイヤーに伝える。読み上げてもいいし、自分の言葉で語ってもいい。
トーノスは四方を山に囲まれた盆地だ。
10年ほど前、北の山パハヤチニカの頂にあった氷河湖が崩壊して、盆地は一夜にして水に沈んだ。城も、蔵も、田も、畑も、すべてが湖の底に沈んだ。
領主ヒロナガは遠征に出たまま帰らなかった。留守を預かっていた三人の家臣がどさくさに紛れて政権を奪ったが、誰も彼らの言うことを聞かない。王も法もない——人々はこの時代を暗黒時代と呼んでいる。
いま、水は少しずつ引いている。沼と丘があらわれ、田畑が耕され、人々がふたたび集まり始めた。この復興の噂を聞きつけて、各地から食いつめ者が流れてきた。それが湖沼人——おまえたちだ。
トーノスには三つの民がいる。丘で田畑を耕す平地人。山に住む猟師や木こりの山人。そしてどこにも属さず、舟で川と沼を行き来する湖沼人。
おまえたちは倉堀という湖沼人の集落にいる。手配師のアッセンが仕事を紹介してくれる。まずは藻刈りの日雇いから始めるといい。
3. キャラクター作成
PCは湖沼人
このキャンペーンでは、PCは全員湖沼人を推奨する。湖沼人は土地を持たず、どこにも属さない。だからこそ、山にも里にも自然に現れることができ、あらゆる冒険の入口に立てる。
職能を選ぶ
湖沼人の職能は四つのカテゴリに分かれている:
- 水辺: 泥潜り、葦舟師、錆落とし、蛭使い、藻刈り、水印師、骨読み、橋守、鮭迎え、鮭送り
- 山: 煙番、毒水守、獣語り、霧読み、茸見、迷い家守、笛吹き
- 里と信仰: 市松売り、座敷見、馬添い、角磨き、繭語り
- どこにでも: 罪喰い、夢買い、名付け親、神隠し探し、ひょうはくきり
迷ったらこの5つ:
| 職能 | ひとことで | こんなプレイヤーに |
|---|---|---|
| 泥潜り | トレジャーハンター | 探索と冒険が好き |
| 藻刈り | 日雇い労働者 | 巻き込まれ型の主人公をやりたい |
| 笛吹き | 峠の道案内 | 旅と出会いの物語が好き |
| 橋守 | 関所の番人 | 人と交渉するのが好き |
| 煙番 | 山の見張り役 | 情報と観察で動きたい |
本業と副業
すべてのPCは本業と副業を持つことを勧める。本業はキャラクターの核。副業は別のカテゴリから選ぶと活躍の幅が広がる。「本業は泥潜りだが、冬場は茸見もやる」——季節で顔が変わるのが湖沼人らしい。
パーティーのバランス
以下の4つの役割がパーティーにあると、キャンペーン全体を通じてバランスがよい:
- 水に入れる人: 泥潜り、藻刈り、葦舟師など
- 知識を持つ人: 骨読み、蛭使い、ひょうはくきりなど
- 人と話せる人: 橋守、市松売り、夢買いなど
- 山を歩ける人: 煙番、霧読み、茸見など
4. つながりを作る
PCどうしのつながり
各PCは、パーティーの別のPC一人と何らかの縁を持つ。
- 一緒に藻刈りをしたことがある
- 橋の上で通行を止められた/止めた
- 同じ葦舟に乗り合わせた
- ケイのところで顔を合わせた
NPCとのつながり
各PCは、以下のNPCのうち一人と面識がある:
- アッセン: 仕事を紹介してもらった
- ケイ: まじないを教わった/相談に行った
- 犬松: 峠で話を聞いた
5. 世界に入る——最初の場面
キャラクター作成が終わったら、短い導入シーンを遊ぶ。これはセッションゼロの締めくくりであり、第1夜への橋渡しになる。
場面: アッセンの仕事場
倉堀の淵のほとり。葦が風に揺れている。アッセンが木板を抱えてやってくる。
「おう、来たか。仕事だ。猿ヶ石川の下流、ヨコダスの手前の浅瀬で藻刈りをやれ。日当は藻の量で決まる。腰が痛くなったらやめていい。ただし——」
アッセンは声を落とす。
「最近、あのあたりの泥潜りが妙なものを引き揚げたという噂がある。何か見つけたら、まず俺に言え。寺院の連中に先に知られると面倒だ」
ここで第1夜への期待を持たせて、セッションゼロを終える。
第1夜「黒い仔鹿」
本シナリオは「5段階のセッション手続き」に沿って構成されている。状況の提示→探索と情報収集→複雑化→決断→結末と余韻。GMは各段階の見出しに沿って進行するとよい。各段階の詳細は遠野洲戦記「GMへの手引き」に記載されている。
所要時間: 3〜4時間
あらすじ
日銭稼ぎの藻刈りの最中、PCたちは猿ヶ石川の浅瀬で異常を発見する。水底に沈んだアゾヌム王家の紋入りの箱と、寺院の封印を持たない黒い仔鹿。トーゼナス寺院の使者リュウゲンが仔鹿の引き取りを申し出る。渡すか、手元に残すか——最初の選択が、すべてを動かし始める。
状況の提示
読み上げテキスト
朝霧が猿ヶ石川の水面を覆っている。倉堀から葦舟で下ること半刻、ヨコダスの手前の浅瀬に着いた。
藻刈りの仕事だ。腰まで水に浸かり、沼に繁茂する藻を鎌で刈り取る。乾燥させれば食料にも肥料にもなる。日当は藻の量で決まる。割のいい仕事ではないが、金のない湖沼人が最初に就く仕事だ。
水は冷たい。霧の向こうで蛙が鳴いている。
- PCは藻刈りの仕事をしている。日常の風景から始める
- 水の描写を丁寧に。足元の泥の感触、水面に映る霧、遠くの蛙の声
- アッセンの「妙なものを引き揚げたという噂」を思い出させる
きっかけ
藻刈りの前に三郎が「借りるぞ、借りるぞ、水の神から借りるぞ」と刈り始めのまじないを唱える(藻刈りなら誰でも知っている)。水に入り、泥手を嵌めて水底を手探りしていると、PCの一人が何かに手が触れる。
アゾヌムの紋入りの箱: 手のひらに収まる大きさの木箱。泥に埋もれていたが、木はまだ腐っていない。蓋にアゾヌム王家の紋が刻まれている。開けるには骨読みの鑑定が必要(骨割りで蓋の封を慎重にこじ開けることもできる)。
箱を見つけた直後、浅瀬の葦の陰から、一頭の仔鹿が姿を現す。
探索と情報収集
黒い仔鹿
描写: 全身が漆黒の仔鹿。生後まもない大きさで、足元がおぼつかない。濡れた毛は黒曜石のように光る。PCに怯えず、むしろ近づいてくる。鼻先で手を突く。
アオザスのトーテムは鹿であり、その神獣アルシェノール=ガヴァシス(「落として生やす者」)は白い雄鹿として知られる。黒い鹿はトーノスの歴史で記録がない。白い鹿を見た年は豊作になるという言い伝えがある一方で、黒い鹿はシルマシ(凶兆)かもしれない——あるいは、まったく別の意味を持つ転換の兆しかもしれない。
仔鹿にはトーゼナス寺院の封印がない。通常、トーノスで確認された神獣やその仔には、寺院が「管理」の名目で封印の印を施す。この仔鹿には、それがない。
手がかりの扱いについて: このシナリオでは、基本的な手がかりはPCが調べれば自動で見つかる。判定(ダイスロール等)が必要なのは、追加の詳細情報を得るときだけ。手がかりをひとつ見逃しても物語は先に進む。
手がかり1: 箱の中身
骨読みの技能(またはタエに見せる)で鑑定すると、箱の中にはアゾヌム王家の紋章印が入っている。領主が公文書に押す印であり、これが存在すること自体が「アゾヌムの遺産がまだ泥の中にある」ことの証拠になる。
追加情報(知識判定相当に成功): この紋章印は第14代ヒロナガのものではなく、さらに古い代のもの。王家は代々この浅瀬の上流に居城を構えていた——つまり、城の跡が水底にある。
手がかり2: 仔鹿の異常
仔鹿を観察すると、普通の鹿ではないことがわかる。瞬きが遅い。傷がない。毛並みが不自然に美しい。まじないの心得がある者(またはケイの名を知っている者)は、「これはケイに見せたほうがいい」と直感する。
追加情報(まじないや動物に関する知識に成功): この仔鹿はアオザスの神獣の仔である可能性が高い。黒いこと自体は前例がないが、神獣の仔が人里に現れること自体がきわめて稀。
手がかり3: 錆武者の痕跡
浅瀬の上流に錆びた鎧の破片が散乱している。最近まで何かがここにいた痕跡。
追加情報(骨読みや錆落としの知識に成功): 錆武者——大洪水で沈んだ武具が持ち主の無念と結びついて動き出したもの——がこの一帯を徘徊していた。箱を守っていたのかもしれない。錆武者が消えたのは、仔鹿が現れたからかもしれない。錆落としなら錆起こしで錆を物理的に剥がして鎮められるし、錆の数え歌(「ひとつ削れば恨みがひとつ……」)を歌えば怨念の暴走を防げる。
複雑化
リュウゲンの登場
PCが仔鹿を連れて倉堀に戻ろうとした頃(あるいは浅瀬でまだ調べている最中に)、一人の僧がやってくる。
描写: 僧衣だが腰に短刀。姿勢がよく、声が通る。笑みを浮かべているが、目は笑っていない。
「お疲れのところ失礼する。トーゼナス寺院のリュウゲンと申す。藻刈りの仕事中に珍しいものを見つけたと聞いてきた」
リュウゲンは仔鹿を見る。しばらく黙って観察した後、穏やかに言う。
「封印がない。これは寺院で正しく保護すべきものだ。野に放っておけば、この仔は生きられない。寺院に預けてくれれば、適切に世話をする」
リュウゲンの提案
- 仔鹿を寺院に預ければ、藻刈り10日分の報酬を支払う
- 箱もあわせて「奉納」すれば、さらに上乗せ
- 断っても構わないが、「封印のない神獣の仔を素人が扱うのは危険だ」と忠告する
リュウゲンの本音(GMのみ)
リュウゲンは仔鹿が神獣の仔であることを直感している。封印のない神獣の仔が存在するという事実は、寺院の「すべての神獣は寺院が管理すべき」という主張の根拠を揺るがす。リュウゲンは本心から仔鹿を保護したいと思っているが、同時に寺院の権威を守りたいとも思っている。
この場面で起きうること
- PCが仔鹿を渡す場合: リュウゲンは丁重に受け取る。報酬は約束通り支払う。しかしPCには「何か大切なものを手放した」という感覚が残る。→ キャンペーンは別の展開に進む(GMガイド参照)
- PCが断る場合: リュウゲンは「残念だ」と言い、去る。しかし「もし気が変わったら、いつでも寺院を訪ねてくれ」と言い残す。丁寧だが、わずかに圧がある。→ 寺院の統制時計が第2夜開始時に1段階進む
- PCが交渉する場合: リュウゲンは条件の引き上げに応じるが、「仔鹿を自分たちで育てたい」という要求には応じない
決断
PCは以下のいずれかを選ぶ(あるいはまったく別の方法を思いつくかもしれない):
- 仔鹿と箱を寺院に渡す — 安全で確実な報酬。しかし仔鹿の運命は寺院の手に委ねられる
- 仔鹿を手元に残し、箱だけ渡す — 妥協案。リュウゲンは不満だが受け入れる
- すべて手元に残す — 寺院との関係は悪化するが、仔鹿と箱の両方を保持できる
- ケイに相談する — 仔鹿をケイのもとに連れていく。ケイは仔鹿を見て「これは……見てごらん」と言い、仔鹿が神獣の仔であることを確認する
「失敗しても物語が止まらない」ことについて: このシナリオでは、PCがどの選択をしても物語は先に進む。「仔鹿を渡してしまった」は失敗ではなく、別の物語の始まりである。第2夜でPCは寺院から仔鹿を取り戻す機会を得る。
結末と余韻
仔鹿を手元に残した場合
仔鹿はPCになつく。特に一番最初に触れたPCの後をついて歩く。
夜、倉堀に戻る。仔鹿は葦舟の中で丸くなり、PCの膝に頭を載せて眠る。黒い毛が月明かりでかすかに青く光る。
岸に着くと、アッセンが待っている。仔鹿を見て、長い沈黙の後、ため息をつく。
「……面倒なものを拾ったな。ケイのところに連れていけ。俺は何も見ていない」
仔鹿を渡した場合
倉堀に戻ると、アッセンが報酬を確認する。しかし浅瀬で黒い仔鹿がいた噂は広まり始めている。
「寺院に渡したのか。まあ、賢い選択かもしれん。——しかし気になることがある。あの浅瀬の上流に、アゾヌムの旧城が沈んでいるという話を知っているか?」
次のセッションへの種
- 浅瀬の上流にアゾヌムの旧城が水底に沈んでいる
- トーゼナス寺院がサルベージ品に目を光らせている
- 黒い仔鹿の噂がトーノス中に広まりつつある
GMノート
水の描写
この回は「水辺で始まり、水辺で終わる」。浅瀬の冷たさ、泥の匂い、葦舟の揺れ、倉堀の淵の夜の静けさ。すべての場面に水を入れること。
リュウゲンの演じ方
リュウゲンは丁寧で理知的。声を荒げない。PCを見下さない。「あなたたちのことを心配している」というスタンスを崩さない。だからこそ不気味であり、だからこそ一理ある。
仔鹿の演じ方
仔鹿は言葉を話さない。しかしPCの感情に反応する。PCが怒ると耳を伏せ、PCが笑うと鼻先で手を突く。仔鹿との関係がこのキャンペーンの感情的な核になる。名前はPCにつけさせること。
錆武者を出すかどうか
浅瀬の上流で錆武者と遭遇する場面を入れてもよい。入れる場合は、仔鹿を見つける前の導入として使う。錆武者は箱を守っていた——PCが箱を取り出したとき、泥の中から鎧の腕が伸びてくる。戦闘で倒してもよいが、骨読みや罪喰いが無念を鎮める方法を知っていれば、戦わずに済む。
戦闘を入れる場合の解決手段:
- 力ずく: 手鉾でリーチを取る、鶴嘴で鎧を叩き割る。ただし水辺では重い武器が振れない
- まじない: 息吹きを錆武者にかけると「赤い錆」が一時的に止まる。錆の数え歌で怨念を数え上げれば、武者が自分の恨みを思い出して動きを止める
- 職能: 骨読みが鎧に残った名を読み上げる。市松布を見せると、アゾヌム兵の記憶が蘇り、一瞬だけ動きが止まる
- 道具: エスパダ(外来の剣)の錆には怨念が宿れない。錆起こしで錆を物理的に削れば、依代ごと怨念を剥がせる(ただし一体分に一晩かかる)
プレロールドPCでの動き方
- 三郎: 水に入って箱を見つける。仔鹿を最初に触る(体力で先に動く)
- タエ: 箱を鑑定する。仔鹿が何であるかの知識を提供する
- イサナ: リュウゲンとの交渉の中心になる。リュウゲンの嘘を見抜く(嘘は言っていないが、隠していることがある)
- チカゲ: 浅瀬の周囲を見張る。リュウゲンがどこから来たか、他に誰かいないかを確認する
第2夜「神隠し」
本シナリオは「5段階のセッション手続き」に沿って構成されている。状況の提示→探索と情報収集→複雑化→決断→結末と余韻。
所要時間: 3〜4時間
あらすじ
黒い仔鹿が消える。同じ頃、ツチブクの村で子供が神隠しに遭う。二つの失踪を追ううちに、政治的な盗みと超自然的な怪異が交差していることに気づく。PCは両方に同時に対処しなければならない。
前回からの変化
- 黒い仔鹿の噂がトーノスに広まっている
- 寺院の統制時計が1段階進んでいる可能性がある(PCが第1夜で仔鹿を渡さなかった場合)
- アッセンがわずかに緊張している——寺院からの圧力を感じ始めている
第1夜で仔鹿を寺院に渡した場合: 仔鹿は寺院に預けられているが、テルイがこっそりPCに連絡を取ってくる。「仔鹿の様子がおかしい。食べない。眠らない。あなたたちの元にいたときは元気だったのに」——仔鹿を取り戻す動機が生まれる。
状況の提示
朝。倉堀の淵に霧が立ちこめている。
アッセンが駆けてくる。いつもより早口だ。
「二つ、悪い知らせがある。ひとつ——おまえたちの仔鹿が夜のうちに消えた。小屋の戸は閉まったままだ。中から消えている。ふたつ——ツチブクから早馬が来た。子供がひとり消えた。淵の方へ歩いていくのを見た者がいるそうだ」
- 二つの事件を同時に提示する。PCはどちらを先に追うか選ばなければならない
- アッセンは「仔鹿のことは内々に」と言う。寺院に知られると面倒になる
- ツチブクの神隠しは、村人が倉堀のケイに助けを求めて来ている
探索と情報収集
仔鹿の捜索ルート
手がかり1: 小屋の痕跡 — 仔鹿がいた小屋を調べる。戸は内側から閉まったまま。しかし床に泥の足跡がある——仔鹿のものではない。人間の足跡。小さい。追加情報(観察や追跡の技能に成功): 足跡は修行僧の草履のもの。寺院の関係者。
手がかり2: ナバクの一日市での目撃 — ナバクの一日市で聞き込みをすると、「夜明け前に、僧衣の若い男が布に何かを包んで急いでいた」という証言が得られる。追加情報(交渉や説得に成功): 証言者は「若い男は息を切らしていた。何度も振り返っていた。怯えていたように見えた」と付け加える。
手がかり3: テルイの居場所 — 足跡と目撃情報を突き合わせると、テルイに行き着く。テルイはリュウゲンの命令で仔鹿を回収しようとしたが、仔鹿を連れ出す途中で怖くなり、ツキモスへの道の途中で仔鹿を隠して逃げてしまった。
神隠しの捜索ルート
手がかり1: ツチブクの状況 — ツチブクに行くと、村人たちが淵の周りに集まっている。消えた子供は7歳の男の子。二日前から淵のほうをじっと見ていることがあった。追加情報(まじないやオカルトの知識に成功): ツチブクのトーテムは蛙。神獣ヌルグシャス=ヴォーティル(「淵の底の目」)の力が強まっている兆候かもしれない。
手がかり2: 淵の変化 — 淵に近づくと、水が不自然に澄んでいる。底が見える——石、砂、沈んだ木の根。そしてその先に、暗い奥がある。追加情報(霧読みや自然観察に成功): 蛙の声がしない。普段は淵の周囲は蛙の声で満ちているはずだが、完全な沈黙。
手がかり3: ケイの見立て — ケイが淵を見て言う。「神隠しだ。淵の底に引き込まれている。しかし殺されてはいない——神獣は人を殺さない。呼んでいるだけだ。問題は、呼ばれた者がどうやって帰るかだ」
ケイは淵に対する鎮めのまじないを知っている。「氷湖鎮めは水の災害に対するまじないだが、淵にも効くかもしれない。しかし神獣が相手なら、まじないだけでは足りない。精霊魔法——精霊との対話が必要だ。淵の底まで降りて、ヌルグシャスと向き合い、子供を連れ戻す者がいる」
精霊魔法について: 精霊魔法は呪文ではなく「対話」。精霊は命令できず、取引する。代償として時間・記憶・体力・約束を求められる。詳しくは遠野洲戦記「トーノスの魔法」を参照。
複雑化
二つの事件の交差
- テルイが仔鹿を連れ出したのは神隠しが起きた夜と同じ夜
- テルイは仔鹿を隠した場所から逃げる途中で、淵の近くを通った
- 仔鹿が消えたことと神隠しは直接の因果関係はない——しかし同じ夜に起きたことで、村人の不安が増幅している
テルイとの対面
「リュウゲン様に言われたんです。仔鹿を連れてこいと。でも、途中で……仔鹿が急に暴れて……逃げてしまいました。仔鹿は、ツキモスへの道の途中の、古い祠に……」
テルイは俯く。
「本当は、仔鹿を渡したくなかった。あの仔鹿は、寺院のものじゃない」
PCに迫られる選択
このセッションの緊張は「時間」にある。
- 仔鹿は祠に隠されている。早く行かないと、寺院の別の者が見つけるかもしれない
- 子供は淵の底にいる。神隠しの時計が進んでいる
- 両方を同時に解決するには、パーティーを分けるか、どちらかを先にするか決めなければならない
決断
淵の底へ(神隠しの解決)
ケイのまじないで淵に入る準備をする。水に入れるPCが淵の底へ潜る。
水は冷たく、しかし不思議と息ができる——ケイのまじないが効いている。視界がゆっくり開ける。
淵の底は、苔むした石が円形に並んでいる。その中心に、子供が座っている。眠っているように見えるが、目は開いている。子供の前に、人の顔ほどもある蛙がじっと座り、子供を見つめている。
蛙の目が、ゆっくりとPCに向く。
蛙の神獣を「倒す」ことはできない。精霊魔法の原則に従い、対話する必要がある。
- ツチブクの人々が蛙に向かって「ヌルの御方」と呼びかけることを知っているPCがいれば、その呼びかけで蛙の注意を引ける。真の名「ヌルグシャス=ヴォーティル」を呼ぶこともできるが、神獣の真の名を呼ぶのは生死にかかわる場面だけ——軽々しく呼べば怒りを買う
- 蛙は取引を求める。代償として何かを差し出す必要がある——「次にこの淵を通るとき、必ず立ち止まって水面に一礼すること」のような約束でよい
- 子供の手を取り、静かに引き上げる。急いではいけない——急ぐと淵の水が濁り、視界がなくなる
- 蛙は攻撃しない。対話が成立したら、目を閉じてゆっくり沈んでいく
仔鹿の回収
祠に行くと、仔鹿は布にくるまれて震えている。PCの顔を見ると、起き上がって鼻先で手を突く。仔鹿を回収する場面は穏やかでよい。緊張は淵の底にある。
失敗した場合
- 淵に間に合わなかった場合: 子供は無事だが、二日間の記憶を失っている。神隠しの時計が次の段階に進む。ツチブクの村人はPCに感謝するが、「もう少し早ければ」という思いも残る
- 仔鹿が寺院に回収された場合: リュウゲンが先に祠を見つける。仔鹿は寺院に連れ去られるが、テルイがPCに「寺院の中のどこにいるか」を後で教えてくれる
- テルイを敵に回した場合: テルイが恐怖からリュウゲンにすべてを報告する。寺院の統制時計が1段階進む
結末と余韻
子供を連れ戻した場合: ツチブクの村人がPCに感謝する。PCは「ツチブクに恩がある者」として記憶される。これは第3夜以降、平地人との関係で役に立つ。
テルイを味方につけた場合: テルイはリュウゲンに「仔鹿は見つからなかった」と報告する。寺院の内部にPCの協力者ができる。テルイはこの後、第4夜でも重要な役割を果たす。
ケイとの関係が深まる
「この仔は、大洪水の前の世界を知っている。どういう意味かはまだわからない。しかし、ただの仔鹿ではない。この仔がいること自体が——なにかの答えだ」
ケイは箱(第1夜で見つけたもの)を開く。紋章印を見て、表情が変わる。
「アゾヌムの印だ。……水底の城に、まだ何かが残っている。それを確かめたい。しかし城のある場所を知っている者がいない——山人なら知っているかもしれないが」
次のセッションへの種
- 秘宝の場所を知るために山人に会う必要がある
- しかし山人は山に閉じこもっており、平地人との関係が悪化している
- ケイが「山の方面で仕事がないか、アッセンに聞いてみなさい」と言う
GMノート
二つの時間軸の管理
このセッション最大の運営課題は「仔鹿の捜索」と「神隠しの解決」の二つを同時に動かすこと。最初に選んだ方が順調に進み、後回しにした方に時間的圧力がかかる。パーティーを分ける判断はPCに委ねる。
テルイの扱い
テルイはこのセッションの鍵。許した場合は寺院内部の協力者に。責めた場合は萎縮するが裏切りはしない。突き出した場合はリュウゲンに叱責され、PCとの関係は断たれる。
神隠しの演出
淵の底の場面は、このキャンペーン初の「超自然的な場面」。恐怖ではなく、静寂と畏怖で演出する。水の中なのに声が聞こえない。蛙の目は巨大だが、攻撃の意図はない。子供は怖がっていない。むしろ穏やかな顔をしている。連れ戻した後、子供は「きれいなところだった」としか言わない。
水の描写
倉堀の朝霧、ナバクの市場の用水路の音、ツチブクの淵の不自然な静けさ、淵の底の冷たい水。すべての場面に水がある。特に淵の底の場面では、水がPCの体を包む感覚を丁寧に描写する。
第3夜「落とし穴の外交」
本シナリオは「5段階のセッション手続き」に沿って構成されている。状況の提示→探索と情報収集→複雑化→決断→結末と余韻。
所要時間: 3〜4時間
あらすじ
秘宝の手がかりを求めて山に入ったPCは、山人と平地人の衝突に巻き込まれる。交易路を断たれて飢えた山人が平地人の村から食糧を奪い始め、平地人は武装して応戦しようとしている。力ではなく知恵と言葉でこの危機を解決し、山人との和解を勝ち取れば、秘宝への道が開かれる。
前回からの変化
- ケイから「水底の城にアゾヌムの遺産が眠っている。場所を知っているのは山人だろう」と言われている
- アッセンが「山の方面で仕事がある。カミゴルの近くの村が困っている」と伝える——これが導入になる
- 寺院の統制時計は2〜3の位置にある可能性がある
- 山人の孤立時計は、このセッション開始時に段階1
状況の提示
猿ヶ石川を上流に遡る。水辺の風景が変わる——沼地が減り、岩が増え、木々が高くなる。倉堀から丸一日歩くと、カミゴルの麓の平地人の村に着く。
村は緊張している。男たちが鎌や鉈を手に、畑の外れに立っている。見張りだ。
「おまえたち、湖沼人か。仕事で来たのなら、ちょうどいい。山から何かが降りてきて、蔵の食糧が盗まれている。三度目だ。次は殺す」
探索と情報収集
手がかり1: 盗みの痕跡 — 蔵を調べると、扉は壊されていない。しかし壁の高い位置に、大きな手の痕がある。普通の人間より明らかに大きい。追加情報: 足跡が蔵の裏から山に向かっている。大きく、深い。靴ではなく裸足。
手がかり2: 置き食い — 蔵の外に、村人が気づいていないものがある。蔵の壁の窪みに、山の薬草が束ねて置かれている。盗んだ代わりに、何かを置いていっている。追加情報: これは山人の風習。交易の作法の変形。対価なしに物を取ることは山人の矜持に反する——だから薬草を置いている。
手がかり3: チカゲの直感(煙番のPC向け) — 山の方角を見ると、普段とは違う場所に煙が見える。山人の集落があるはずのない場所。追い詰められて、普段の居場所から移動している。追加情報: 煙の出方から推測して、集落の規模は小さい。十数人。食糧が足りていない。
複雑化
山人の事情
「交易路を寺院の連中が塞いだ。山の木を切り、道に関所を設けた。麓に降りれば寺院の僧に止められる。山で暮らすには里の穀物がいる。穀物がなければ、冬を越せない。
俺たちは盗みたくて盗んでいるんじゃない。薬草を置いている。それでも駄目なら——山人は死ぬだけだ」
平地人の事情
「次に山から降りてきたら、殺す。おまえたちが何を聞いてきたか知らんが、こっちは食い扶持を守っているだけだ。蔵の穀物がなくなれば、冬を越せないのはこっちも同じだ」
PCはどちらの側にもつける——しかしどちらか一方についてしまえば、もう一方を敵に回す。第三の道を探す必要がある。
決断
落とし穴の作戦
力ではなく知恵で解決する場面。山人を殺すのではなく、生け捕りにして話をさせる。村人にとっては「自分たちの手で問題を解決した」という達成感が得られ、山人にとっては殺されずに済む。
- 村人を説得する(交渉場面): 「殺すな、捕まえろ」とPCが提案する。村人は懐疑的だが、PCが「自分たちも手伝う」と言えば応じる余地がある
- 落とし穴を設計する(創意工夫の場面): 村の外れに、十分な大きさの穴を掘る。畝打ちや鶴嘴を使い、村人総出の土木作業になる
- 穴にまじないをかける(任意): 辻まじないの応用で穴の四方に「ここから出るな」と唱える者がいれば、演出が映える
- 村人を鼓舞する(演説の場面): 穴を掘る作業は重労働。夜を徹しての作業になるかもしれない。PCの一人が村人に向かって言葉を掛ける場面——「殺すんじゃない、話をするんだ」
この場面が盛り上がるかどうかは、PCの演説にかかっている。GMは村人の反応を段階的に変えること。最初は冷ややか→一人が賛同→徐々に全体が動く。
落とし穴に落ちた山人の長
「卑怯者どもが! 穴に落としておいて何が言いたい!」
ここからが本当の交渉。穴の上からPCが語りかける。
- 山人の長の怒りを受け止める。言い返さない
- 交易路の問題は寺院が原因であり、平地人の村のせいではないことを示す
- 「敵は目の前にいない。敵は寺院だ」と気づかせる
- 村と山人の間で直接の交易を再開する提案をする——寺院の関所を通らず、湖沼人がとりもつ
和解の場面
長い沈黙。
山人の長が、腰から薬草の束を取り出す。村長に差し出す。
「……これが、蔵に置いた分の対価だ。足りないのはわかっている」
村長が受け取る。しばらく薬草を見つめ、頷く。
秘宝への道
「おまえたちが探しているものは、水底にある。大洪水の前、山から盆地を見下ろしたとき、アゾヌムの城が沈んでいくのを見た。猿ヶ石川の中流、ナバクの手前。水底に城がある。そこに王家の蔵があった」
失敗した場合
- 村人を説得できなかった場合: 村人が山人を武器で迎え撃つ。怪我人が出るが、死者は出ない(GMはこの一線を守ること)。秘宝の場所は別のルートで知ることになる
- 山人を怒らせた場合: 山人の長は穴の中で黙り込む。PCは一晩かけて交渉を続けることになる——時間はかかるが、最終的に和解の余地は残る
- 山人の孤立時計が進みきった場合: 山人は完全に山にこもる。別の方法で秘宝の場所を知る必要があるが、山人という同盟者を失う
結末と余韻
和解が成立すると、PCは三つの成果を得る:
- 山人との同盟: 山人がPCの味方になる。第4夜の潜入で山人の力が役に立つ
- 秘宝の場所: 水底の城の位置が明らかになる
- 平地人の村との関係: 村人がPCを信頼する
隼人の影
「見事だった。あなたたちのような者がトーノスには必要だ」
男は穏やかだが、手首に水に濡れても消えない入墨が見える。
「いずれまた会おう。水底の城に行くなら——その前に、私に話を聞きに来なさい」
山を降りる帰り道。振り返ると、山の上に白い影が見える。
角が十二に枝分かれした白い雄鹿。アオザスの神獣が、PCたちを見下ろしている。
仔鹿が、鳴く。
GMノート
ペース配分
- 前半1時間: 村の到着、情報収集、山人の事情を知る
- 中盤1時間半: 落とし穴の作戦、村人の説得、穴掘り
- 後半1時間: 山人の長との交渉、和解、秘宝の場所の判明
演説の場面の演出
村人を鼓舞する演説は、このキャンペーンのハイライトのひとつ。PCの言葉をそのまま使わせること。GMが代わりに話してはいけない。PCが何を言うか決められなければ、「何を伝えたい?」と聞く。長い演説でも短い一言でもよい。村人の反応で成否を表現する。
山人の長の感情の変化
穴に落ちた直後: 怒り→ PCが話しかける: 軽蔑→ 交易路の話が出る: 沈黙→ 「敵は寺院だ」: 考え込む→ 和解の提案: ためらい→ 梯子が降りる: 静かな受容。一気に心を開かせてはいけない。段階を踏むこと。
水の描写
山の場面でも水を忘れない。渓流を渡る、朝露に濡れる草、山人の集落近くの湧き水。帰り道では猿ヶ石川の音が近づいてくる——水底の城が待っている。
第4夜「水底の城」
本シナリオは「5段階のセッション手続き」に沿って構成されている。状況の提示→探索と情報収集→複雑化→決断→結末と余韻。
所要時間: 3〜4時間
あらすじ
秘宝は猿ヶ石川の中流、ナバクの手前に沈んだアゾヌムの旧城にある。PCは同盟者を集め、寺院の目をかいくぐり、水底への潜入を決行する。城の奥で「アゾヌムの秘宝」を見つけるが、その正体は金銀ではない。
準備フェーズ
この回の前半は「準備」にあてる。潜入の前にPCがどれだけの情報と協力者を集められるかが、後半の難易度を左右する。
| 協力者 | 提供するもの | 条件 |
|---|---|---|
| ケイ | 息止めのまじないの強化版。ケイが唱えれば1人あたり半刻もつ | ケイとの関係が良好であること |
| 山人の長 | 旧城の構造の記憶。「蔵は城の北西の角にあった」 | 第3夜で和解していること |
| テルイ | 寺院の巡回スケジュール。「明後日の夕刻、巡回が最も手薄になる」 | テルイを味方にしていること |
| アッセン | 潜入と脱出の葦舟の手配。見張りの配置 | アッセンが寺院に屈していないこと |
隼人との対面
「私はアゾヌム家の隼人。ヒロナガの弟だ。水底の城は——私の家だ」
隼人は左手首の入墨を見せる。アゾヌム王家の紋。
「水底に眠っているのは、王家の秘宝だ。兄は遠征に出たまま帰らなかった。秘宝を取り戻せば、兄が帰ってくる理由になる。国を取り戻す根拠になる」
隼人は城の蔵への道を知っている(育った場所だから)。しかし条件がある——秘宝は自分に渡すこと。PCは隼人の条件を受け入れるかどうかを考えるが、この時点では決める必要はない。秘宝の中身を見てから判断すればいい——と、ケイも言う。
探索と情報収集——水底の城
水面を割って沈んでいく。最初は濁った緑色。やがて水が澄み、視界が開ける。
城があった。
苔むした石の壁が、水底に立っている。屋根は崩れ、梁が斜めに倒れている。窓から魚が出入りしている。広間だったはずの場所に、泥が厚く積もっている。壁に描かれていた紋様が、苔の下にかすかに見える。
静かだ。水の中の静寂は、地上のそれとは違う。音がないのではなく、音が水に溶けている。
障害1: 崩れた通路
城の内部は一部が崩壊し、通路が瓦礫で塞がれている。山人の長の記憶(「蔵は北西の角」)があれば迂回路がわかる。なければ、探索に時間がかかる。
障害2: 錆武者
城の広間に錆武者が佇んでいる。アゾヌム軍の兵士の武具が、持ち主の無念と結びついて動いているもの。攻撃的ではないが、蔵への道を塞いでいる。
- 鎮魂の技法: テルイが断片を知っている可能性がある。正式な手順で魂を送れる
- まじない: 錆の数え歌を歌いながら錆起こしで錆を削る。息吹きで「赤い錆」を止める
- 罪喰い: 折れ刀を供物台に置いて持ち主の無念を喰える
- 紋章印: アゾヌムの紋章印や市松布を見せれば、兵士の記憶が蘇り、片膝をつく
障害3: 時間制限
息止めのまじないは半刻しかもたない。PCは水底で長居できない。残り時間を意識させること——「泡が少しずつ大きくなっている。まじないが薄れ始めている」。
障害4: 水の精霊
水底の城には水の精霊が宿っている。大洪水の記憶を持ち、城が沈んだ瞬間を覚えている。敵ではないが、無断で城に入った者を歓迎もしない。精霊魔法の素質があるPCは、水の精霊の声を聞くかもしれない——「ここは誰の城だ」。刈り始めのまじないの応用で「借りるぞ」と水に語りかければ、精霊が道を示してくれることがある。
複雑化
ナンバスの密使
PCが水底にいる間、地上では事態が動いている。ナンバスの密使がリュウゲンに接触する。密使はリュウゲンに告げる——「ナンバスはトーゼナス寺院をトーノスの正統な統治機関として承認する用意がある。条件は、水底の城に眠る王家の文書をナンバスに引き渡すことだ」
PCが水底から戻ったとき、地上に寺院の僧が待ち構えている可能性がある。テルイの情報があれば回避できる。なければ対峙する。
リュウゲンとの対峙
「水底から何を持ってきたか、見せていただけますか。寺院は敵ではない。協力して管理すればよいだけのことだ」
決断——秘宝の正体
蔵に入ると、金銀はない。蔵に残されていたのは:
- まじないの写本: 大洪水以前に蓄積された、数百年分のまじないの記録。現在口伝で残っている21のまじないに加え、失われたまじないが多数含まれている。さらに、鮭の祝詞の原文と「これは精霊への語りかけである」という注釈——まじないと精霊魔法の接点を示す、決定的な記録。ケイが求めていたもの
- 神獣の系譜と寺院の記録: 十三郷のトーテムと神獣の真の名の一覧。そしてトーゼナス寺院の五学科の成立過程。ここから明らかになるのは、寺院の魔術はもともと民間のまじないと精霊魔法を「体系化」したものであり、寺院が独自に創った知識ではなかったということ。寺院の権威の根拠が崩れる
- 王位継承の文書: アゾヌム家の正統な継承を証明する印と文書。隼人が求めていたもの
秘宝は、金銀ではなかった。知識と、記録と、正統性の証明。
この水のクニの過去を知り、未来を決めるための——情報そのもの。
結末と余韻
夜。倉堀のケイの家で、秘宝を広げる。
ケイがまじないの写本を読み、手が震える。
隼人が王位継承の文書を見て、目を閉じる。
アッセンが神獣の系譜を見て、「これが寺院の連中に知られたら……」と呟く。
仔鹿が巻物の上に寝転がる。
ケイが言う。「これをどうするか。それが問題だ」
隼人が言う。「それは私に渡すと言っただろう」
アッセンが言う。「……決めるのはおまえたちだ」
この問いを残して、第4夜は終わる。答えは第5夜。
GMノート
水底の城の演出
このセッション最大の見せ場。音は自分の呼吸と心臓の音だけ。光は水面から屈折して壁に模様を作る。壁に触ると苔がぬるりと手に残る。まじないの残り時間を定期的に告げること。
錆武者の扱い
戦闘で解決することもできるが、鎮める方が物語にふさわしい。骨読みが名を呼ぶと一瞬動きが止まる。罪喰いが罪を食べると鎧が崩れて泥に沈む。紋章印を見せると片膝をつく——主を認めた。
秘宝の発見の演出
蔵の扉を開けるとき、一瞬の沈黙を作ること。PCが「金銀がない」と気づいた瞬間——そこが転換点。GMは焦って説明しない。PCに文書を一つずつ手に取らせ、読ませる。理解が徐々に広がるのを待つ。
第5夜「三つの正義」
本シナリオは「5段階のセッション手続き」に沿って構成されている。ただし、この回は全体が決断の段階に集中する。探索や戦闘はない。
所要時間: 2〜3時間
あらすじ
秘宝を手にしたPCに、三つの勢力がそれぞれの「正義」を主張する。寺院のリュウゲン、残党の隼人、まじない師のケイ。どの主張にも理があり、どの選択にも代償がある。正解はない。あるのは、自分の正義だけだ。
状況の提示
朝。倉堀のケイの家。テーブルの上に秘宝の文書が広がっている。
ケイ、隼人、アッセンがいる。そして——戸口にリュウゲンが立っている。
「来ると思っていた」とケイが言う。
リュウゲンは一礼する。「話をさせてほしい。それだけだ」
三つの正義
リュウゲンの正義——秩序
「トーノスには秩序が必要だ。27年間、王も法もなかった。人が人を殺し、土地を奪い合い、怪異が横行している。この文書を寺院が管理すれば、トーノスに秩序を取り戻せる。
知識は危険なものだ。まじないの写本が広まれば、使い方を知らない者が災いを起こす。神獣の系譜が公になれば、各村がトーテムの権威をかさに争いを始める。王位継承の文書が出回れば、誰もが正統を主張して戦争になる。
寺院が管理する。寺院が必要な者に、必要なだけ、適切な形で開示する。それが最も安全な道だ」
この主張の理: 知識を管理する機関がなければ混乱するという指摘は正しい。暗黒時代に秩序がないことの害をPCは目の当たりにしてきた。
この主張の代償: 寺院が知識を独占する。ナンバスの影響下で、寺院の統治がナンバスの支配に変わるリスクがある。湖沼人の自由は制限される。
隼人の正義——復興
「この国はアゾヌムのものだ。四百年の歴史がある。クーデターで奪われ、大洪水で沈んだが、失われてはいない。この文書が証明する——アゾヌム家は生きている。兄はまだ生きている。
王位継承の文書があれば、ゼンダスに亡命している兄を呼び戻せる。正統な領主が帰ってくれば、傀儡政権は退き、ナンバスの影響も排除できる。
まじないの写本はケイに渡せばいい。神獣の系譜は各村に返せばいい。しかし王位の文書は——アゾヌム家に返してほしい」
この主張の理: 正統な権威による統治は、傀儡政権やナンバスの代理統治よりはましかもしれない。暗黒時代を終わらせるには、人々がまとまれる旗印が必要。
この主張の代償: 旧い秩序に戻ることが本当に良いのか。ヒロナガが帰ってきたとして、すでに変わったトーノスを治められるのか。そもそも大洪水は、アゾヌムの時代に起きたのだ。
ケイの正義——解放
「知識を閉じ込めてはいけない。それがこの27年間で最も失われたものだ。
まじないの写本は、すべての民に開くべきだ。平地人にも、山人にも、湖沼人にも。知識は誰かのものじゃない。
神獣の系譜は各村に返すべきだ。神獣は寺院のものでも王家のものでもない。村のものだ。
王位の文書は——燃やすべきだ。この暗黒時代がつらいのはわかっている。でも、旧い王を呼び戻しても、旧い世界には戻らない。新しい秩序は、自分たちで作るしかない」
この主張の理: 知識の独占が暗黒時代の苦しみを深めてきた。寺院も王家も、結局は知識を自分のために使おうとしている。
この主張の代償: 管理なき知識の開放は混乱を招く可能性がある。王位の文書を燃やせば、正統な統治の道が永久に閉ざされる。ケイの理想は美しいが、現実のトーノスがそれを受け止められるかは不明。
決断
三人の主張を聞いた後、PCは話し合い、決断する。どの選択をしても物語は成立する。
- リュウゲンに預ける: 寺院による統治が始まる。秩序は回復するが、自由は制限される
- 隼人に渡す: アゾヌム復興への道が開かれる。王が帰るかもしれない。しかし旧い世界が戻ってくる
- ケイの提案に従う: 知識が解放される。混沌は続くが、人々の手に未来が委ねられる
- 第四の道: PCが自分たちの案を出す。三つの秘宝を分割して三者に渡す。ナバクの一日市で全員の前に公開する。犬松に預けて語り部の記憶として保存する。など
GMは三人のNPCを均等に演じる。どのNPCにも肩入れしない。PCの間で意見が割れることがある。それは失敗ではなく、このセッションの核心。パーティー内の議論を急かさない。PCが決められない場合、アッセンが静かに言う。「俺は昔から思ってたことがある。正しい答えなんてものは、あとから振り返ってはじめてわかる。今はただ、自分が正しいと思ったことをやればいい」
結末と余韻
リュウゲンに預けた場合
- リュウゲンは深く一礼する。「必ず、正しく使う」
- 隼人は黙って去る。背中が小さい
- ケイは目を閉じて言う。「……また、閉じるのか」
隼人に渡した場合
- 隼人は文書を胸に抱き、「兄を呼び戻す」と言って去る
- リュウゲンは「あなたたちが選んだのなら」と静かに受け入れる
- ケイは「旧い世界が戻ってくる。それが人の望みなら」と呟く
ケイの提案に従った場合
- ケイは写本を手に取り、「明日からナバクの一日市で写しを作る」と言う
- 隼人は王位の文書が燃えるのを見て涙を流す
- リュウゲンは長い沈黙の後、「……本当にそれでいいのか?」と問う。答えを待たずに去る
第四の道を選んだ場合
GMはPCの提案に対する各NPCの反応を即興で演じる。三者すべてが完全に納得することはない。しかし、PCが自分で考えた道であることに意味がある。
エピローグ
数日が経つ。
倉堀の淵に朝霧が立っている。いつもと同じ朝だ。しかし、何かが変わっている。
PCがそれに気づくかどうかはわからない。しかしGMは知っている——この水のクニの未来の形が、ほんのわずかに、変わったことを。
仔鹿が大きくなっている。黒い毛の中に、白い斑点が一つ、現れ始めている。
犬松の語り(任意)
笛吹峠の麓の東屋で、犬松が旅人に語りかけている。
「むかし……いや、ついこの間のことだ。水のクニに、四人の湖沼人がいた。藻を刈り、骨を読み、橋を守り、煙を見る者たちだ。
彼らは水底から、ある秘宝を引き揚げた。金銀ではなかった。知識と、記録と、正統性の証明だった。
そして彼らは——」
犬松は旅人を見る。
「さあ、おまえなら、どうした?」
ナラティブの執筆
セッション後、各プレイヤーに以下の問いを渡す:
あなたのキャラクターは、水が引いたとき、何をしていますか?
プレイヤーにキャラクター視点で短い文章を書いてもらう。書きたくなければ書かなくてよい。
GMノート
このセッションの運営
戦闘も探索もない。すべてが対話と決断。三人のNPCを公平に演じること。PCに考える時間を与え、沈黙を恐れない。PCが10分間黙って考えているなら、それはセッションが成功している。結論を急かさない。どの選択も否定しない。
パーティー内の意見が割れた場合
これは想定される状況であり、問題ではない。全員一致でなくてもよい。パーティー内の対立がプレイヤー間の対立にならないよう注意する。どうしてもまとまらない場合、「決められないまま夜が明ける」でもよい。
仔鹿の描写
最後に仔鹿の変化(黒い毛に白い斑点)を入れること。仔鹿が成長し、変化し始めている。これはPCの選択とは無関係に起きる変化であり、「世界はPCの決断だけで動いているわけではない」ことを示す。仔鹿にはPCの知らない物語がある。
GMガイド
「アゾヌムの秘宝」は、過去の遺産を誰がどう扱うかをめぐる物語である。PCは湖沼人として日銭稼ぎから始まり、やがてトーノスの未来を左右する選択を迫られる。キャンペーン全体を通じて、GMが意識すべき一つの問い:
「正解がない状況で、PCはどう動くか?」
すべてのセッション、すべてのNPC、すべての判定は、この問いに向かっている。
ペーシング
| 区間 | セッション | 位置づけ | テンポ |
|---|---|---|---|
| 導入 | 第1夜 | 世界への入口。仔鹿との出会い。選択の種まき | ゆっくり。水辺の描写に時間を使う |
| 展開 | 第2夜 | 二つの事件が交差。板挟みの経験 | 緊張感。時間制限を意識させる |
| 転換 | 第3夜 | 知恵と言葉で解決する。同盟の形成 | 盛り上がり。演説とロールプレイの最高潮 |
| 山場 | 第4夜 | 水底への潜入。秘宝の発見と衝撃 | 緊迫。環境描写と発見の驚き |
| 結末 | 第5夜 | 決断。三つの正義 | 静か。対話と内省 |
テンポは第1夜から第3夜にかけて上がり、第4夜でピークに達し、第5夜で落ち着く。第5夜は意図的に静かにすること。最後の選択は、静寂の中でこそ重い。
NPCの運用
リュウゲンの使い方
リュウゲンはこのキャンペーンの顔であり、対立軸の中心。第1夜で仔鹿の引き取りを申し出、第2夜では背後でテルイを動かし、第4夜で水底の城の近辺で待ち構え、第5夜で最後の主張をする。丁寧で、声を荒げない。脅すのではなく「残念ですが」と静かに圧をかける。もしPCがリュウゲンの主張に共感したら——それは成功。
ケイの使い方
ケイはPCの最も近い支援者だが、聖人ではない。ケイの「知識をすべての民に」という理想は美しいが、現実には危険な知識もある。ケイはそのリスクを過小評価している。第5夜でPCがケイの提案に疑問を持つ余地を残すこと。穏やかだが、核心を突く。「見てごらん」が口癖。
アッセンの使い方
アッセンは全セッションに登場する日常の接点。仕事の紹介、情報の提供、PCの拠点。しかし第2夜以降、寺院からの圧力で苦しむ姿を見せる。忙しそうに、短く、要件だけ。しかし冒険者の安全には本気で気を配る。
三つの魔法の運用
まじない
- NPCの描写に混ぜる: 「アッセンが仕事の書きつけに何かを呟いてから渡す」——これだけでまじないの世界になる
- PCに具体名を使わせる: 「まじないを唱えます」ではなく「刈り始めのまじないを唱えます」
- 副作用で物語を動かす: まじないが想定外の使い方をされたとき、ランダムテーブル「まじないの副作用」(d6)を振る
魔術
- 寺院の五学科を意識する: リュウゲンは護符の専門家、テルイは読みの術の初学者
- 崩れ魔術師: 寺院から漏れた不完全な魔術の使い手。ナバクの一日市に「護符だけ書ける男」がいてもよい
精霊魔法
- 対話であって命令ではない: PCが「精霊に頼みます」と言ったら、GMは精霊の返事を演じる。「何をくれる?」
- 場所に依存する: 水辺でなければ水の精霊は応えない
- 代償を求める: 小さな儀式的行為でよい。大きな魔法には大きな代償
ランダムテーブルの活用
遠野洲戦記ワールドガイドに6本のランダムテーブルがある。セッション中の即興に使う。
| テーブル | いつ使うか |
|---|---|
| d6 水辺の異変 | 移動中の水辺で何か起こしたいとき |
| d6 一日市の揉め事 | ナバクの市場に行ったとき |
| d6 道中の出会い | セッション間の移動中 |
| d12 NPCの特徴 | 名無しのNPCに個性を付けたいとき |
| d6 まじないの副作用 | まじないが暴走したとき |
| d6 天候の変化 | 場面の空気を変えたいとき |
システム非依存の遭遇設計
このキャンペーンは特定のTRPGシステムに依存しない。遭遇は以下の三つの型で設計されている。
型1: 情報収集
PCが手がかりを探す場面。基本的な手がかりは判定なしで見つかる。判定が必要なのは追加情報を得るときだけ。手がかりを一つ見逃しても物語は進む。
型2: 社会的遭遇
NPCとの交渉、説得、駆け引きの場面。結果はPCの言葉とアプローチで決まる。PCが何を言ったかをそのまま受け取る。ダイスを振る場合は、「どの程度うまくいったか」の度合いを決めるために使う。
型3: 環境対処
錆武者、水底の城、淵の底など、環境そのものが障害になる場面。力ずくの解決も可能だが、職能や知識を活かした解決を優遇する。
このデザインの意図: 「判定に失敗したから手がかりが得られず物語が止まる」という事態を防ぐため。TRPGデザインでは「ゲートキーピング問題」と呼ばれる。必須の情報は自動で渡し、判定はボーナス情報に使う。
PCが予想外の行動をしたとき
- 仔鹿を寺院に渡してしまった(第1夜): キャンペーンは続く。第2夜でテルイが「仔鹿の様子がおかしい」とPCに連絡し、取り戻す動機が生まれる
- 山人と和解できなかった(第3夜): 秘宝の場所はケイが古い文書から推測する(精度が落ちるため、第4夜の難易度が上がる)。山人の同盟は失われるが、物語は続く
- 秘宝をリュウゲンに奪われた(第4夜): リュウゲンは秘宝の中身を見て動揺する。寺院の主張の根拠が崩れるからだ。第5夜でリュウゲンが内部から変化し、PCに再交渉の余地が生まれる
- PCが第四の道を選んだ(第5夜): 歓迎する。三つの選択肢はあくまで提示であり、PCが自分で考えた道は常に正解のひとつ
ナラティブの執筆
各セッションの後、プレイヤーにキャラクター視点での短い文章を書いてもらうことを推奨する。
| セッション | 問い |
|---|---|
| 第1夜の後 | 「仔鹿を初めて見たとき、あなたは何を思いましたか?」 |
| 第2夜の後 | 「淵の底で見たものを、誰かに話しましたか?」 |
| 第3夜の後 | 「山人の長と何を話しましたか? 穴の上からではなく」 |
| 第4夜の後 | 「水底の城で、一つだけ持ち帰れるとしたら何を選びますか?」 |
| 第5夜の後 | 「水が引いたとき、あなたは何をしていますか?」 |
書きたくないプレイヤーには強制しない。書いたものはパーティーで共有してもよいし、GMだけに見せてもよい。
4人プレイと3人プレイ
4人の場合: プレロールドPC(三郎、タエ、イサナ、チカゲ)はそのまま使える。
3人の場合: 三郎・イサナ・タエ(体力・交渉・知識のバランス)、または三郎・イサナ・チカゲ(体力・交渉・偵察、知識面はケイが補う)。
5人の場合: 5人目には「罪喰い」「神隠し探し」「笛吹き」などの職能を提案する。特に罪喰いは第4夜の錆武者の場面で独自の解決方法を持つ。
遠野物語を読む
このキャンペーンのGMには、柳田國男『遠野物語』を読むことを強くすすめる。語り口を真似る必要はない。遠野物語のエピソードが、シナリオの隙間を埋める材料になる。座敷童子が去った家の没落、マヨイガで椀を拾った女——これらをトーノスの暗黒時代に置き換えてアレンジすることが、最も手軽で最も豊かな即興の素材になる。特にセッション間の「日常の描写」に使うとよい。